初めて公開された横浜 居酒屋

それ以来、一九四八年まで、事実上すべてのポリオ研究において、人間におけるこの病気の実験動物としてアカゲザルが使用された。 その後、B小児科病院のJ・Eと共同研究者たちは、ついに組織培養でウイルスの増殖に成功した。
この偉業に対して一九五四年にノ‐ベル賞が贈られた。 アカゲザルは非常に高価であったので、ごく少数の研究所だけがポリオ研究を続けることができた。

そのため二五年間、この分野は、S・F率いるR医学研究所の一門によって支配されていた。 アカゲザルは鼻を通じてしか感染しなかったので、これがヒトの感染経路でもあるというフレクスナーの確固とした信念によって、研究は偏らされた。
彼は、ポリオが第一に中枢神経系の病気であると考えたために、ウイルスは鼻を通って体に侵入し、その後まっすぐ脳に向かうものと決め込んでいた。 彼はこの考えに非常に自信をもっていたので、アメリカ合衆国の一九三七年のポリオ流行では、多くの人々が感染防止のために鼻の通路に硫酸亜鉛軟膏を塗りつけるように説得された。
不愉快で、見苦しく、しかも、悲しいことに何の効果もなかったのである。 一九一二年にスウェーデンでポリオ流行があったとき、二四歳のK・Kはストックホルムの細菌研究所で助手として働いていた。
彼は、ポリオ患者の鼻のなかだけでなく、口のなかや、腸の壁や内容物にもポリオウイルスが存在することを発見した。 もっと驚いたことに、彼は患者の健康な家族構成員の腸にも、さらには一般の健康人たちからもこのウイルスを見つけたのである。
彼はこれらの発見を一九一二年に報告したが、ポリオを神経細胞の感染であるとする同時代の考え方に革命を起こすどころか、彼の結果のほうが間違っていると決めつけられ、完全に無視されてしまった。 I大学の内科医J・Pが同じ事実を発見したのは、それから約二六年後の一九三八年のことであった。
唯一の動物モデルを利用できる立場の一集団による影響力のために、まさに四半世紀の間、ポリオ研究は誤った道に導かれていたのである。 いったんこの「新しい」情報が受け入れられたとき、ポリオの謎のつじつまがすべて合い始めた。
私たちは、現在、ポリオウイルスが糞口経路によって広がることを知っている。 このウイルスは口を通って体に入り、そして、胃腸炎を引き起こさないにしても、小腸内壁の細胞中で増殖する。
感染者に症状があろうとなかろうと、大量のウイルスが彼らの糞便中に排出される。

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